デルフィの巫女 ピュティア <愛知ソニア>

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 ギリシャの首都アテネから北西178キロに位置するコリント湾の北にアポロンの神託で知られるデルフィがあります。アポロンは、主神ゼウスの息子であり、女神アルテミスとは双子の片割れで、オリュンポス十二神の一人です。デルフィの地は、古代ギリシャ時代をさらに遡った古くからピュートと呼ばれ、そこには大地の女神ガイアの代理、あるいはガイア自身とも考えられている大蛇ピュートンが住み着いていました。アポロンはデルフィの洞窟に逃げ込んだ大蛇ピュートン退治し、そこに神殿を建てました。そしてその神殿を神託所として巫女たちを置き、神のお告げを下ろす巫女たちを「ピュティア」と呼んだ、と神話は語っています。アポロンの神のお告げが聞けるデルフィは、ギリシャ最古の神託所であり、古代ギリシャ世界ではもっとも重要な聖地とされていました。

デルフィの神託は神殿の中心部にあるアディトンと呼ばれる立ち入り禁止区域で行われました。そこでピュティアと呼ばれる巫女が三脚椅子に座り、岩の裂け目から立ち昇るガスによって誘発されてトランス状態を引き起こし、神がかりになり、アポロンのお告げを伝えたといわれています。巫女が噛んだはずの月桂樹の葉によって引き起こされたのでしょうか? それとも 近くのカステリア川の水に何かが混じっていたのでしょうか? 当時地下の洞窟から立ち上がっていたとされている蒸気に何かが含まれていたのでしょうか?

2001年に、コネチカット州立大学の地質学者が率いる学者研究チームが、古代寺院の地質学とその近くの湧水を調べたところ、幻覚性のあるエチレンが少し含まれていることを発見しました 。 したがって、チームはエチレン中毒が原因であると主張しています。これがピュティアのトランス状態の新しい研究説ですが、いたって微量なため未解決のままで謎に包まれています。

ピュティアが語る支離滅裂なお告げは、男性司祭たちによって謎めいた予言に再形成された、と言い伝えられています。しかしこの通説に対し、古典に登場するピュティアは理知的に話し、彼女自身の声で予言を告げた、という反論もあります。

紀元前5、6世紀になると、遠征隊の将軍たちがイタリアやスペイン、アフリカに向かう前に戦略について神託を受けにやって来たり、平民たちも健康や投資に関することなど、さまざまな事をピュティアに尋ねたということです。

古代ギリシャの作家アイスキュロスの書いた「オレスティア」という悲劇に、デルフィのピュティアの予言が登場します。主人公のオレステスが父を殺した母親に復讐すべきかどうかと神託に問うと「仇を討て」とお告げが下りました。

紀元前5世紀にソポクレスが書いた有名な「オイディプス王」という悲劇では、「お前は父を殺し,母と結婚するであろう」という恐ろしいお告げを、オイディプスはデルフィのピュティアから受けて、そうなるまいと必死の努力をしましたが、結果としてやはり運命には逆らえませんでした。この物語は1967年に「アポロンの地獄」というタイトルの映画になりました。

史実において有名なデルフィの神託には、紀元前480年にアテネの市民たちに「都市を放棄し、木の壁によって防衛せよ」という予言を与えます。アテネの政治家であり、軍人だったテミストクレスは、その予言を「木の壁」が船を指すと解釈し、三段櫂船を投入して、サラミスの海戦でペルシャ遠征軍を打ち破ります。

また、ソクラテスを尊敬していた彼の友人カイレポンはデルフィの出向き、「ソクラテスより賢い人間がいるか」とピュティアに問います。すると、「ソクラテスより賢い人間はいない」という神託を得ます。この神託に疑問を持ったソクラテスは、当時知者とされた人々を訪ねて回わりました。その結果、「知っていると思っている」人ばかりがいることを見出し、真の知者はいないが「知らないと思っている」(無知の知)という点でわずかに自分が彼らより賢いと思うに至ったと、プラトンの『ソクラテスの弁明』などの古代文献は伝えています。

アレキサンダー大王も、計画中のペルシャ遠征について助言を得るために紀元前335年にデルフィを訪れます。しかし、ピュティアは王をじらして、神託は神々によって決められた時にだけ告げられると伝えます。待たされることに激怒した王は、乱暴にピュティアの髪をつかみ、神殿へ引きずり込みます。彼女は、「私を放せ、こせがれ!まったくおまえにはかなわない」と叫ぶしかありませんでした。するとアレキサンダー大王は、「よし、俺は答えを得た」と言ってピュティアを解放します。神が王を息子と呼び、誰も王にはかなわないと解釈したのです。

古代ギリシャ世界においては、それまでの女神を崇拝する母権制文化から男神を崇拝する家父長 (男権) 制 社会が誕生しました。そんな中で女性を軽んじる傾向が強かったのですが、それにしては珍しくピュティアは女性だったのです。また、大部分のギリシャの神官や巫女は高貴な家柄の者が代々受け継ぐ仕事でしたが、ピュティアはそうではありませんでした。ピュティアはデルフィ出身者でなければならないという決まりがありましたが、年齢や財産、教養の有無は関係なく字が読めなくてもかまわなかったのです。ピュティアに選ばれた女性は、神殿で永遠の聖火を守る巫女たちに支えられて、神託としての長く厳しい訓練を受けなければなりませんでした。

アポロンの神殿入口には、神託を聞きに来た者に対する3つの格言が刻まれていたとされています。神がかりになったデルフィの巫女シビュッラによる、謎めいた詩文の託宣です。シビュッラは、ピュティアが誕生する以前の巫女で、当時デルフィは女神ガイアに捧げる古代神殿が存在していました。よってシビュッラのお告げは、アポロンではなく、女神ガイアを彼女はチャネリングしていたことになります。

巫女シビュッラの格言

第一の格言「おまえ自身を知れ」

これは、自己の内面の葛藤を通して外的世界の問題解決をはかることを助言しています。

第二の格言「限度を越えるな」

これは、自分の行為に節度を持ち、求めすぎるなと助言しています。

第三の格言「誓約と破滅は紙一重」

これは、己を知って無理な誓い事をするなと助言しています。

この三つの格言は、今日の私たちにとってもよいアドバイスだと思うのです。まず問題と思っていることを自己の内面をよく観察しながら解決しようと努めることが肝要だということです。さらには、なにがなんでも自分の願い通りにさせたいと考えたり、いたって利己的で無理な願い事は自己破滅に導かれるので節度をわきまえて注意せよ、ということです。

このギリシャの古代からの聖地デルフィは、今日でも世界中から多くの人々が魅了され、一度は訪ねててみたいと思うパワースポットです。デルフィに関することでもうひとつ、私にとって興味深いことがあります。それは、プレアデス星人の意識体をチャネリングすることで国際的に知られるバーバラ・マーシニアックさんは、1988年にデルフィの神殿遺跡を訪れたときからプレアデスのチャネリングが始まったと述べておられます。

私自身もバーバラさんと親交を深めていた90年代を機に、彼女とプレアデスの同じ意識体グループをチャネリングするようになりました。さらには、彼女の著書「プレアデス光の家族」(太陽出版)を翻訳させていただく機会にも恵まれ、プレアデスの存在たちとのコンタクトがいっそう深まりました。

私は1995年に「内なる女神を呼び起こす」というテーマのワークショップを企画し、参加者の皆さんと一緒にギリシャのクノッソスの神殿跡やイタリアの古代ギリシャ神殿跡を訪ねましたが、残念ながらそのときデルフィには足を運びませんでした。しかしやっと先日、念願のデルフィを訪ねる機会が巡ってきました。

デルフィの神殿遺跡は、やはりすごいでした!

とくにデルフィの中心部に位置するアディトンとかつて呼ばれた神託所があった場所は、ゼロ磁場のようなエネルギーを放っていて、私の両足が10センチほど浮いたような感覚がしました。面白いことにデルフィの遺跡を離れてもそれが数日間続きました。

デルフィでは、儀式を行う予定をしていましたが、残念ながら許可してもらえませんでした。パワースポットとされている世界中の遺跡では、今日あらゆる儀式が禁止されているため、看守たちが目を光らせている状態にあります。私は以前グアテマラのティカールという古代マヤのピラミッド遺跡でも、儀式をしている最中に看守によって中断させられたことがあります。遺跡を破損するような行為とはまったく関係なくても、なぜかあらゆる儀式的なことは禁止されているのです。儀式用のドレスに着替えただけでも、だめなようです。おそらくきっと、その場のエネルギーポータルを儀式によって再開することを、誰かトップの人は知っているような気がします。看守たちは何も理由を知らずにただ阻止するように命令されているのではないでしょうか。


アポロンが二羽の鷲を放して飛ばすと、ちょうどデルフィで2羽が交差したので、デルフィを世界のへそと定め、オンパロスの石を置いた。


神託所があったあたり

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