マグダラのマリア

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オリーブ山の家の窓から
私はゲッセマネの園を見渡していました。
昼下がりの強い太陽が、
土の上に木々のはっきりとした黒い影を映し出していました。
その陰の部分に私は、
これから自ら自身が歩む未来の道を
重ね合わせて想いに耽っていました。

私の心の中にもその影と同じくらいの暗さがあります。
その暗闇の中にかすかに道が見えてきました。
人生がまったく変わってしまうほどの
とても重要な選択が待っていることを私は悟りました。

それを知ったときに、
オリーブの木々の少し明るい影も見え始めました。
私の心にも暗い影と明るい影が交互に現れます。
そうしながら
私の心の新しい道が開けてくるのが感じられました。

心が開くと、未来へと続く回廊がはっきりと見えてきます。
そして、その回廊にはいくつかの扉が両側にありました。
これからも運命を共にする皆を表す扉です。

私が深く愛した人たちです。
私の母、
ヨシュアの母、
そして、エリザベス。
優しくて暖かい女性同士の姉妹愛に私は包まれました。

しばらくそうしていると、
ヨシュアのエネルギーが訪れてくれました。
歓びに満ちた彼のエネルギーによって、
再び私の心は満たされました。
彼と過ごしたすべての思い出が、
いっきに流れ込んできたのです。
私は永久に忘れません。

チャネリング:マグダレーナ・ソフィア(愛知ソニアの洗礼名)

マグダラのマリア:

ガリラヤ湖沿いの町マグダラの出身であるために「マグダラのマリア」と呼ばれたとする説があります。アラム語では、「マリアムネ」と呼ばれ、先生とか貴婦人という意味があります。

三人の者がいつもヨシュア(イエス)と共に歩んでいました。それは彼の母マリアと彼女の姉妹とマグダラのマリアでした。

マグダラのマリアがイシスオーダーの高級イニシエートとして、キリストの血を受けた聖杯でした。その意味では、「キリスト・マグダラ」と呼ぶのが正しいのです。

マグダラのマリアは、イエスの死と復活を見届ける証人であるとともに、西方教会では男性原理を重視し組織形成していたため、教義上「悔悛した罪の女」とし ました。東方教会(正教会)やグノーシス派では、マグダラのマリアを「罪の女」と同一視してきませんでした。これまで多くの解釈が生まれ、真実などはっき りしないまま今に至っています。従って「罪の女」と「マグダラのマリア」を関連付けたことによる伝承は西欧の西方教会(ことにカトリック教会)独自のもの なのです。

古くから存在する異端と言われる宗派では、イエスには花嫁としてのマリアが存在し、イエスと同等に敬愛され尊重されてきました。異端といっても、教義や慣 習に差があるだけで、同じキリスト教なのです。高度情報化社会となってからは、様々な過去の歴史が明らかになり、第2バチカン公会議以降、カトリック教会 もマグダラのマリアを「罪深い女」から区別し、その地位の見直しが始まりました。

『イエスと彼女が実践した錬金術によって、イエスが死後も生きて光の道を敷き次の次元に移行できたのです。イエスが死の扉をくぐることができたのは、彼女との間の深い愛があったからなのです。
イニシエートであると同時に一人の女性であることは、大変なことでした。
イニシエートとしてマグダラのマリアは、処刑のあいだヨシュアのそばにいて、カーから熱烈な祈りを捧げていました。言い換えれば、彼女は彼が死を迎えると き、彼のそばにいてそれを見届けるという不動の意志を持っていました。この分離は彼女にとって必要なイニシエーションのひとつだったのです。
一人の男性 としてのヨシュアを心から愛する一人の女性として、彼女の心は引き裂かれました。イニシエートとしての自分の強さと、愛する人が苦しむ姿を前にした一人の女性としての悲嘆とに打ち震えたのです。
死の瞬間にはイニシエーションなどどうでもよく思えました。ヨシュアが彼に従うすべての人々のために死の領域に光の道を敷こうとしていることなど、もうどうでも良かったのです。
彼女はイシスに向かって叫びました。
「よくもこんなひどいことを!」
彼女の苦悩が頂点に達した瞬間、マリアが手を伸ばして彼女の手に触れました。』

トム・ケニオン著 「マグダラの書」より抜粋

20世紀になって、『(マグダラの)マリアによる福音書』、ナグ・ハマディ写本からは『トマスによる福音書』、『フィリポによる福音書』などが発見されま した。これらの中には、マグダラのマリアは、イエスとの親密な様子のみならず、男性たちと並ぶイエスの弟子として現れています。これら最新の聖書研究で は、イエス宣教の旅での女性たちの役割や、マグダラのマリアの地位を見直させることとなりました。

主は、マグダラのマリアをすべての弟子たちよりも愛していた。そして、主は彼女の口に しばしば接吻した。他の弟子達は、主がマリアを愛しているのを見た。彼らは主に言った。「あなたはなぜ、私たちすべてよりも彼女を愛されるのですか?」救 い主は答えた。「なぜ、私は君たちを彼女のように愛せないのだろうか」 — 「フィリポによる福音書」、『ナグ・ハマディ文書』(荒井献訳、岩波書店)より

「マグダラのマリアによる福音書: イエスと最高の女性使徒」 カレン・L. キング著

19世紀末、エジプトで発見されたパピルス写本、『マグダラのマリアによる福音書』。
そこには知られざるイエス・キリストの素顔と、そしてその愛と信を受ける最高の使徒でありながら、「娼婦」と貶められてきた「マグダラのマリア」の真実が著されています。

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